日本歴史地名大系 「吾橋庄」の解説
吾橋庄
あがはしのしよう
現本山町
荘名は応安七年(一三七四)一二月一五日付信濃守八木下文(「蠧簡集木屑」所収長徳寺文書)に「吾橋庄内惣一職事」とみえる。しかしその成立は平安時代末期にさかのぼり、久安五年(一一四九)吾橋山の開発領主である頼則・盛政らが自ら発願建立した
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現本山町
荘名は応安七年(一三七四)一二月一五日付信濃守八木下文(「蠧簡集木屑」所収長徳寺文書)に「吾橋庄内惣一職事」とみえる。しかしその成立は平安時代末期にさかのぼり、久安五年(一一四九)吾橋山の開発領主である頼則・盛政らが自ら発願建立した
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半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...