呪師田名(読み)じゆしだみよう

日本歴史地名大系 「呪師田名」の解説

呪師田名
じゆしだみよう

延文五年(一三六〇)七月日の伊東祐胤寄進状(西福寺文書)に呪師田名とみえ、祐胤は菩提寺として諸県庄に大乗(だいじよう)禅寺を開くにあたって開山嶽翁長甫に対し呪師田名内の田地一町と屋敷を寄進している。嶽翁長甫は佐土原大光(さどわらだいこう)寺(現佐土原町)の僧であったことから、大乗寺は大光寺の末寺となった。この時の寄進地は康安二年(一三六二)四月一日に大光寺田と認められた呪師田名内の一町の田とみられ、その内容は山内入道跡の門田二反・馬場田三反、山下の田三反に同所の屋敷一ヵ所、赤沢作二反の田で構成されていた(「呪師田名内大光寺田坪付」大光寺文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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