朝日日本歴史人物事典 「和気時雨」の解説
和気時雨
生年:昌泰2(899)
平安中期の宮廷医。医家和気氏の祖。真綱(清麻呂の子)の孫で,父は貞典,母は典薬頭宮(宮勝)利名の娘。宮忠来に医術を学び,左兵衛府医師となる。承平3(933)年7月,考試によって鍼博士,また医博士。2度にわたり宇佐使を拝命。侍医となり,天暦11(957)年1月には典薬頭に進んだ。名医として丹波雅忠が日本扁鵲(中国戦国時代の名医)と称されたのに対し,のち和扁鵲といわれた。子の正業,正世も典薬頭となり,以後和気家(のちに半井家)は宮廷医として近世まで丹波氏と並んで最高の家格を保った。
(小曾戸洋)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報