和泉伯太藩上屋敷跡(読み)いずみはかたはんかみやしきあと

日本歴史地名大系 「和泉伯太藩上屋敷跡」の解説

和泉伯太藩上屋敷跡
いずみはかたはんかみやしきあと

[現在地名]千代田区永田町二丁目

武蔵野台地東縁の淀橋よどばし台南東端から、台地が河川によって開析された谷部に発達する沖積低地に位置する。自然堆積層を対象とする地質調査の観察結果から、江戸時代以前当地溜池ためいけから延びる沖積低地の最北端に位置し、溜池同様湿地ないし池であったことが明らかにされている。平成元年(一九八九)から同二年にかけての発掘調査の結果、当地が活発に土地利用されるのは江戸時代以後で、この時期周辺は永田ながた馬場とよばれた地域にあたる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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