( 1 )ポルトガル入植後の一六世紀にイスラム勢力が建設した町、ジャヤカルタ(Jayakarta 勝利の都の意)が、ジャカトラ(Jacatra ヤカトラとも)に変化して世界に知られるようになった。ジャガタラはその変化した呼び名の一つで、日本には一六世紀末に入ってきた。ジャカルタ(Jacarta)はそのオランダ語名。一六一九年にオランダ東インド会社が新しい町を建設し、バタビア(Batavia)と改称したが、一九四二年に元の名前が復活した。
( 2 )本来はジャワ島にある町の名称であるが、島の中心であるところから、ジャワ島からオランダ船が運んで来たものにはジャガタラを冠するようになった(「ジャガタラ縞」「ジャガタラ水仙」など)。「咬𠺕吧」の漢字表記は、当地にあった交易港スンダ・カラパ(sundakelapa 椰子の生えている場所の意)の中国語表記によるもの。
…これは1527年6月22日のこととされており,現在,ジャカルタ市創立記念日と定められている。ジャヤカルタは,ジャカトラJacatra(日本ではジャガタラ)となまって世界に知られるようになり,王宮,広場,モスクが建設された。16世紀末にオランダ船が来航し,1617年以降は通商活動を開始した。…
※「咬𠺕吧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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