唐津村(読み)からつむら

日本歴史地名大系 「唐津村」の解説

唐津村
からつむら

[現在地名]唐津市町田(ちようだ)・菜畑(なばたけ)・二(ふ)タ子(ご)・西唐津(にしからつ)・妙見町(みようけんまち)・藤崎通(ふじさきとおり)・海岸通(かいがんとおり)・中瀬通(なかのせとおり)・熊原町(くまのはらまち)・新興町(しんこうまち)・朝日町(あさひまち)・富士見町(ふじみまち)・西浜町(にしのはままち)・旭(あさひ)が丘(おか)(一部)

唐津城下総(そう)町(内町・外町)の南外堀から西の総町外の町並を取り囲み、現在の西唐津地区に及ぶ東西に細長い村。藩政期、町田地区(東分)と菜畑・二タ子(西分)の二地区に分れて村政が行われていた。菜畑・二タ子には庄屋が置かれていたともいうが定かでない。全村は町田の唐津村大庄屋が支配し、最後の大庄屋は領内触元庄屋であった。

文化年中記録に畝数一一四町二段五畝一二歩半、家数一〇九軒、人数四一一人とあり、「唐人町分」として家数一七軒、人数六七人と記す。

かつては町田川の流れ込む松浦潟の一部で、中世頃まで海岸線がこの村に達していた。南の神田(こうだ)村に松浦党の神田氏が居館した当時は、唐津村の大半は湿地帯であったようで、藩政期に入ってからも町田一帯は湿田地で「もぐって城の下に出られる」といわれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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