唯信寺(読み)ゆいしんじ

日本歴史地名大系 「唯信寺」の解説

唯信寺
ゆいしんじ

[現在地名]友部町大田町

外森山西岸院と号し、真宗大谷派。本尊阿弥陀如来。真宗二十四輩の第二二番。開基親鸞の弟子で八田知家の三男唯信坊(宍戸義治)。元仁元年(一二二四)おく外森ともり創建と伝えられる。弘安五年(一二八二)に当地に移り、浄安じようあん寺と号したが、寛文七年(一六六七)唯信寺と改め、安永八年(一七七九)間口八間半・奥行八間の本堂建立、次いで鐘楼と鐘を作る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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