善名村(読み)ぜんなむら

日本歴史地名大系 「善名村」の解説

善名村
ぜんなむら

[現在地名]大山町善名、富山市善名

常願寺川左岸、馬瀬口ませぐち村の南西に連なる。北は下番しものばん村。河川からの距離が遠く水利が不便で開拓が遅れた。立山街道の道筋にあたる。延宝三年(一六七五)馬瀬口村から下番村といっしょに分村したというが(「町役所御用留」前田家文書)、元禄一一年(一六九八)の富山藩領郷村高辻帳に村名がみえない。享保六年(一七二一)の村付高改帳(島倉家文書)に高四六五石余とある。寛政二年(一七九〇)の高物成品々手鏡では古高四六五石余(定免三ツ四歩六厘)・新田高七四石余(平均免一ツ三厘余)、定小物成は山役銀四八匁一分・鮎川役銀九匁二分・草野役銀一〇匁五分・銀納立替林四千五六〇歩がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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