因幡往来(読み)いなばおうらい

日本歴史地名大系 「因幡往来」の解説

因幡往来
いなばおうらい

因幡鳥取方面と播磨佐用さよう平福ひらふく(現兵庫県佐用郡佐用町)方面とを結ぶ近世の街道。おもに鳥取藩主の参勤往来に利用され、美作国内では三ヵ宿(辻堂を含む)。現国道三七三号にほぼ相当し、この道筋は平安時代後期に因幡の国司が任国へ下る公道であった。因幡国境の志戸坂しどざか峠は、承徳三年(一〇九九)当街道を通った因幡守平時範によって鹿跡御坂と記録されている(「時範記」同年二月一五日条など)

慶長一八年(一六一三)鳥取藩主池田長幸の正室が病気療養のため上方に上る途中、当往来の古町ふるまち(現大原町)で没している(森家先代実録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む