国府里村(読み)こうりむら

日本歴史地名大系 「国府里村」の解説

国府里村
こうりむら

[現在地名]長柄町国府里

船木ふなき村の南に位置し、伊南房州通いなんぼうしゆうどおり往還が通る。元禄郷帳では「コフリ」の訓を付す。国府は郡の転訛で、長柄郡衙があったことに由来するという説がある。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高三八六石。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では家数三〇、旗本武田領。幕末も同様。山根やまんね村の野場御子屋台みこやだいに入会い、秣・薪を採ってきたが、承応期(一六五二―五五)から野銭を払うことになり、元禄二年(一六八九)には山根村が刈場を道脇寺どうきようじ野に限るというので出訴、入会権が認められ、絵図が作製された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む