国景村(読み)くにかげむら

日本歴史地名大系 「国景村」の解説

国景村
くにかげむら

[現在地名]芦原町国影くにかげ

金津かなづ宿(現金津町)の西北方で、加越台地の南麓に立地し、西方二面ふたおもて村と隣接する。正保の越前国絵図によれば、加越台地の南麓に沿って金津宿三国みくに(現三国町)を結ぶ交通路が村の南方を通る。村名は鎌倉末―室町初期の在家名に起源をもつもののようで、室町中期以前の記録と思われる「坪江下郷三国湊年貢夫役等事」(大乗院文書)の「坪江下郷各善番頭」分、六四町二反大のなかに「国景」六町一反小が含まれており、「国景」は坪江下つぼえしも郷々分色々用途のうち草手二〇〇文、番田請料五〇〇文、煮藍代七〇〇文、在家白苧三両を納めている。

慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では「坪江下郷内二面方」に含まれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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