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国綱 クニツナ

3件 の用語解説(国綱の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

くにつな【国綱】

粟田口国綱(あわたぐちくにつな)

出典|小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

国綱 くにつな

?-? 鎌倉時代の刀工。
京都粟田口(あわたぐち)派の国家の6男という。北条時頼(ときより)(1227-63)にまねかれ鎌倉にうつったとされる。時頼をなやます鬼をきったという伝説をもつ太刀「鬼丸」(御物)の作者として知られる。通称は藤六,左近入道,藤六左近。

出典|講談社
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大辞林 第三版の解説

くにつな【国綱】

1163~1255) 鎌倉初期、山城粟田口の刀工。本名、林藤六郎。左近将監と称す。のち鎌倉山の内に移る。天下五剣の一「鬼丸」の作者。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の国綱の言及

【相州物】より

…相州鎌倉は1192年(建久3)源頼朝によって幕府が開かれてから栄えたが,刀工に関しては最古の刀剣書《観智院銘尽》に,すでに保元(1156‐59)ころ,沼間(逗子市)に三浦氏の鍛冶で〈三くち丸〉を作ったという源藤次(げんのとうじ),同じく〈あおみどり〉〈咲栗(えみぐり)〉を作ったという藤源次(とうげんじ)らがいたことが記されている。しかし,これらの刀工の作は現存せず,事実上は鎌倉中期に山城国粟田口派の国綱,備前国直宗派の国宗,一文字派の助真らが鎌倉に移住したことによって相州物の歴史は始まるといえる。だが,これらの刀工もそれぞれの派の伝統的な作風を継承するにとどまり,いわゆる相州伝といわれる特色ある作風を展開していくのは,国綱の子と伝える国光が出現してからである。…

【山城物】より

…鎌倉初期には《宇治拾遺物語》にも〈粟田口の鍛冶〉とあるように,粟田口派があらわれて名工が輩出し,とくに国友,久国,国安の兄弟は後鳥羽上皇の番鍛冶に選ばれている。さらに建長(1249‐56)ころの国綱は北条時頼の招きにより鎌倉で作刀し,相州鍛冶(相州物)の基を築いたと伝え,末期の吉光は短刀の名手として名高い。一方,同じころ四条大路には定利,定吉ら綾小路派がおり,中期から南北朝時代にかけては国行を祖とする来(らい)派が栄えた。…

※「国綱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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