土保山古墳(読み)どぼやまこふん

日本歴史地名大系 「土保山古墳」の解説

土保山古墳
どぼやまこふん

[現在地名]高槻市土室

平地に築造された古墳で、昭和三二年(一九五七)発掘調査が行われたが、現在は全壊墳丘は直径約三〇メートル・高さ約四メートルの円墳と想定されるが、南東部を除いて周囲が削り取られていたため正確は期しがたい。南東部分からは葺石と須恵質のものを含む円筒埴輪列が検出され、蓋・盾などの形象埴輪片も出土した。墳丘の中央には河原石積みの竪穴式石室と、東側に隣接して粘土槨がもうけられていた。両者からは、それぞれ五つの部材からなる組合せ式木棺が検出された。竪穴式石室に納められた木棺の内外からは、盾・横矧板鋲留式短甲二領ほかの武器・武具、竪櫛・ガラス小玉多数、乳文鏡などが、また粘土槨内の木棺からは弓矢甲冑など武器・武具多数が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 遺物

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む