坂本町一丁目(読み)さかもとちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「坂本町一丁目」の解説

坂本町一丁目
さかもとちよういつちようめ

[現在地名]中央区日本橋兜町(にほんばしかぶとちよう)

楓(もみじ)川の海賊(かいぞく)橋東詰から東の南茅場(みなみかやば)町への街路に沿う丹後田辺藩牧野氏上屋敷の南隣に位置する一画と、南の坂本町一丁目・二丁目上納地に隔てられて丹波綾部藩九鬼氏上屋敷の北隣にある一画とで構成される。海賊橋から東へ向かう道は山王御旅所に至る道なので、近江比叡山麓の坂本村(現滋賀県大津市)との連想から命名されたという(江戸図説)。江戸時代前期には武家地で、幕府御船手頭向井将監らの邸宅が並び、西側には船蔵が並んで東側の寺地とは入堀で区切られていたが(沿革図書など)、元禄一二年(一六九九)邸宅跡が呉服屋八人に下賜されて町屋となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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