坂津村(読み)さかづむら

日本歴史地名大系 「坂津村」の解説

坂津村
さかづむら

[現在地名]但東町坂津

畑山はたやま村の南、太田おおた支流赤花あかばな川の左岸に注ぐ支流の流域にある。文明一〇年(一四七八)八月吉日付播磨国広峯ひろみね神社(現姫路市)の但馬国檀那村付注文(肥塚文書)に「一さかす村 宿者岩間殿」とみえる。「さかす」は坂津で、「宿」はこの場合広峯社の御師が当地にいる檀那を訪ねて宿泊する村内の家であろう。岩間殿と「殿」を付けてよばれるのは地侍などの有力者である。近世領主変遷水石みずし村に同じ。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図に村名がみえ、高一一六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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