坂町村(読み)さかまちむら

日本歴史地名大系 「坂町村」の解説

坂町村
さかまちむら

[現在地名]荒川町坂町

荒川左岸にあり、北は藤沢ふじさわ村、東は下鍛冶屋しもかじや村に接する。出羽街道が通り、浜街道へ至る脇道が分岐する。正慶元年(一三三二)八月一五日の河村政秀譲状案(河村氏文書)にみえる政秀から次男たきくま丸へ譲られた「あらかハの一いちハ」は当地のこととする説もある。観応二年(一三五一)九月二〇日には「松山の田はん分地、一日市に在二けん」が河村秀継から弟のたきつる丸へ譲られた(「河村秀継譲状」同文書)。応永三四年(一四二七)一〇月一一日の長尾朝景安堵状(読史堂古文書)では「荒河保内坂市堀内」の両所の知行が中島与次郎に安堵されている。


坂町村
さかまちむら

[現在地名]加治川村下坂しもさか

紫雲寺しうんじ潟の潟端にあり、北は金沢新かなざわしん村、東は貝屋かいや村、南は小中山こなかやま村。正保国絵図に村上藩領として村名がある。寛文一三年(一六七三)の組々村数并高付大庄屋付(大滝家文書)では金山組に属し、延宝九年(一六八一)頃の高反別免割家数人数帳(寛政一二年写、新発田市史資料)には高一九八石六斗余・反別二三町一反余、家数一七・人数九六とある。宝永七年(一七一〇)幕府領となり、天保九年(一八三八)の巡見使案内帳(大沼安在氏蔵)には高一八六石二斗余(田高一一三石三斗余・畑高三七石六斗余・新田高三五石三斗余)・反別一九町三反余(田八町九反余・畑七町五反余・新田二町八反余)、家数二七・人数一二〇(男五七・女六三)、馬一〇とある。


坂町村
さかまちむら

[現在地名]笹神村上坂かみさか

南のじんヶ峰と真光寺しんこうじ山が作る扇状地扇頂に位置し、北は次郎丸じろうまる村、西は金屋かなや村に接する。寛文一三年(一六七三)の村上御領分組々村数并高付大庄屋付(大滝家文書)に村名があり、笹岡組に属した。貞享元年(一六八四)郷村高辻帳には高九一石五斗余とあり、宝永四年(一七〇七)頃の元笹岡組御巡見御案内帳(渡辺家文書)では高一二五石余・田畑反別八町八反余、家数九、男三七・女三一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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