城立村(読み)じようりゆうむら

日本歴史地名大系 「城立村」の解説

城立村
じようりゆうむら

[現在地名]白山町城立

雲出くもず川支流ふじ川の上流域、大原おおはら村を経る西にし峠越と福田山ふくたやま村への元取もとどり越の道の分岐点にあたり、元取山の尾根沓掛くつかけ山の尾根が東へ傾斜して落合う地点に立地。地名は「五鈴遺響」には「俗伝ニ藤原千方城ヲ築ケル故ニ城立ト名ク」とあり、「太平記」の「日本朝敵ノ事」にみえる天智天皇の頃の叛臣藤原千方が当地に城を建てたという伝説がある。千方は藤原秀郷の孫ともいい、「伊水温故」には村上天皇の頃の人という。康永三年(一三四四)の法楽寺文書紛失記(京都市田中忠三郎氏蔵文書)には大中臣安則の孫に千方の名がある。いずれも実在の人物の比定は困難である。古くから一志郡西部山間部から伊賀国東部にかけて流布する伝説である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む