薬師寺(読み)やくしじ

精選版 日本国語大辞典「薬師寺」の解説

やくし‐じ【薬師寺】

[一] 栃木県河内郡南河内町にあった寺。天武天皇創建と伝えられる。戒壇院が置かれ、坂東一〇か国の得度し、東大寺観世音寺と並んで日本三戒壇の一つといわれた。行信・道鏡配流。のち荒廃し、弘長二年(一二六二)良賢が中興。暦応二年(一三三九)足利尊氏が安国寺と改称。明治一三年(一八八〇)以来、真言宗智山派の寺。下野薬師寺。
[二] 奈良市西ノ京町にある法相宗の大本山。天武天皇九年(六八〇)皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を祈って造立起願され、文武天皇二年(六九八)にできた。初め飛鳥に建てられたが、のち藤原京に移され、平城京遷都に伴い養老二年(七一八)現在地に移転。もとのものを本薬師寺と呼ぶ。創建当時の伽藍は龍宮を模したといわれ、その配置を薬師寺式と呼ぶ。天祿四年(九七三)金堂・塔のほかは焼失し、間もなく再建されたが、度重なる災禍により東塔と東院堂のみが残る。東塔は三層裳階(もこし)付きで、本尊の薬師如来および両脇士像(薬師三尊)・観音菩薩立像、麻布著色吉祥天像、仏足石などとともに国宝。なお金堂は昭和五一年(一九七六)に、西塔は同五五年に当初の形にもとづいて再建された。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「薬師寺」の解説

薬師寺
やくしじ

奈良県奈良市西ノ京にある法相宗の大本山寺院南都七大寺の一つ。天武天皇9(680)年,皇后(→持統天皇)の病気平癒を祈念して高市郡木殿(→橿原市)に創建された(本薬師寺)。平城京造営に伴い,養老2(718)年に在地に移転。相次ぐ天災戦乱などによって奈良時代初期の東塔(国宝)を除くすべての建物は失われたが,鎌倉時代に再建された東院堂,白鳳・天平時代(→白鳳文化天平文化)の仏像『薬師三尊像』『聖観世音菩薩像』,仏足石歌碑などの国宝を有する。高田好胤管長が主導した白鳳伽藍復興のための百万巻写経の勧進により,1976年に金堂が創建当初の様式で再建され,その後,西塔,中門回廊,大講堂食堂(じきどう)も再建をみた。

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デジタル大辞泉「薬師寺」の解説

やくし‐じ【薬師寺】

奈良市にある法相(ほっそう)宗の大本山。南都七大寺の一。天武天皇が皇后の病気平癒を祈願し、天皇没後の文武天皇2年(698)藤原京に完成。平城遷都に伴い、現在の地に移転。たびたび火災などで諸堂を失ったが、昭和51年(1976)に金堂、昭和55年(1980)に西塔が再建された。東塔は創建当時の遺構、東院堂は鎌倉時代の再建で、それぞれ国宝。また、薬師三尊像・聖観音菩薩立像・吉祥天画像・仏足石および仏足石歌碑(いずれも国宝)などを蔵する。平成10年(1998)「古都奈良の文化財」の一つとして世界遺産(文化遺産)に登録された。
栃木県下野市にあった寺。天智天皇の時の創建と伝える。天平宝字5年(761)勅命によって戒壇を設け、日本三戒壇の一となった。のち、荒廃したあとに足利尊氏安国寺建立

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百科事典マイペディア「薬師寺」の解説

薬師寺【やくしじ】

奈良市西ノ京にある法相宗大本山。南都七大寺の一つ。680年天武天皇の発願により高市郡岡本木殿に創建(本薬師寺),平城遷都に伴って718年現在の地に移り大伽藍(がらん)を形成したが,973年金堂,東塔,西塔を残して焼失。現在では東塔以外は江戸時代以降の建物である。東塔の水煙は飛天の浮彫の美しさで有名。金堂の薬師三尊像と東院堂聖観音像は奈良初期を代表する金銅像。ほかに僧形八幡像,神功皇后像,仲津姫像の3体の神像,吉祥天画像,仏足石仏足石歌碑がある。1998年,古都奈良の文化財として世界遺産(文化遺産)に登録。
→関連項目月光菩薩蟹満寺行基興福寺最勝会三重塔飾磨津四神高田好胤西ノ京日光菩薩日本霊異記白鳳時代白鳳文化仏国寺裳階薬師

薬師寺【やくしじ】

栃木県河内郡南河内町(現・下野市)にあった寺。国指定史跡。天武天皇の創建と伝え,東大寺,筑紫の観世音寺と並んで日本三戒壇の一つ。道鏡が流され別当となった。のち荒廃。足利尊氏が諸国に建てた安国寺(安国寺・利生塔)を当寺跡に置いた。
→関連項目戒壇古都奈良の文化財

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旺文社日本史事典 三訂版「薬師寺」の解説

薬師寺
やくしじ

①奈良市西ノ京にある法相の大本山。南都七大寺の一つ
②奈良時代,下野 (しもつけ) 国(栃木県)にあった寺で,東大寺,九州の観世音寺と並んで,三戒壇の一つ
白鳳時代,天武天皇の発願で飛鳥の木殿 (きどの) に創建。平城遷都により718年現在地に移建された。東塔・西塔のある薬師寺式伽藍 (がらん) 配置で,金堂の本尊『薬師三尊像』と東塔について,白鳳時代とする説と天平時代とする説とがある。その他本尊台座の文様,東院堂『聖観音像』(白鳳時代),『吉祥天画像』(天平時代),『仏足石』など多くの文化財を有する。
坂東10カ国の得度を行った。道鏡は失脚後,この寺に配流された。現在は土塁の一部が残るだけである。

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デジタル大辞泉プラス「薬師寺」の解説

薬師寺

奈良県奈良市にある寺院。法相(ほっそう)宗大本山。天武天皇の発願により、698年藤原京に開創。平城遷都に伴い現在地に移転。創建時に建てられた東塔は国宝に指定。金堂の本尊の薬師三尊像(国宝)はじめ、数多くの文化財を保有。「古都奈良の文化財」の一部としてユネスコの世界文化遺産に登録。南都七大寺のひとつ。

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世界大百科事典 第2版「薬師寺」の解説

やくしじ【薬師寺】

栃木県河内郡南河内町にあった寺。創建年次は諸説あるが,天武天皇のときとするが有力である。761年(天平宝字5)に戒壇院が設置され,東大寺戒壇院,筑前国観世音寺と並んで,三戒壇の一つとして坂東10ヵ国の僧侶受戒に大きな役割を担った。754年(天平勝宝6)に大和国薬師寺僧行信が当寺に配流,770年(宝亀1)には道鏡が造薬師寺別当として左遷された。9世紀中ごろには七大寺に比すべき伽藍の形態をそなえ,大きな経済力を有していたが,以後徐々に衰退して廃寺となった。

やくしじ【薬師寺】

奈良市西ノ京町にある法相宗の大本山。南都七大寺・十五大寺の一つ。680年(天武9)天武天皇が皇后の病全快を祈って建立を発願し,持統天皇を経て698年(文武2)藤原京に創建を終わったが,710年(和銅3)の平城遷都にともない,718年(養老2)に平城右京六条二坊に移建された。これが現在の薬師寺であり,旧地(現,奈良県橿原市)を本(もと)薬師寺という。移転後の伽藍地は東西3町,南北4町にわたり,金堂,東西両塔,講堂をはじめ,三面僧坊,経楼,食堂(じきどう)や大炊院,温室院,苑院があり,いわゆる薬師寺式伽藍配置典型を示していた。

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世界大百科事典内の薬師寺の言及

【戒壇】より

…日本では,754年(天平勝宝6)4月に東大寺大仏殿前に,唐僧鑑真一行によって,仮設の戒壇が造築され,聖武上皇・光明皇太后など400余人が登壇受戒したのが初例で,翌年10月に大仏殿の西方に常設の戒壇を中心とする院が設けられた。761年(天平宝字5)に下野国の薬師寺と筑前国の観世音寺に戒壇が創建され,〈天下の三戒壇〉といわれた。平安時代に至って,最澄は比叡山延暦寺に大乗戒壇の建立を企て,僧綱との間に論争が展開され,没後7日の822年(弘仁13)6月に勅許された。…

【奈良時代美術】より

…法隆寺の銅造夢違観音像は,頭飾や瓔珞(ようらく)など初唐様を受容しながら,優美に整えられた微妙な像容の表現に,日本的情趣さえ感ずる。薬師寺の薬師三尊像は,旧山田寺仏頭や当麻寺弥勒仏の隋・唐様式よりも,より完成された初唐様式を有するため,造立年代については諸説ある。ここでは川原寺塑像の初唐様式の先進性や,法隆寺金堂壁画との類似などから,一応藤原京本尊説,すなわち688年(持統2)ころをとることにする。…

【南都七大寺】より

…677年(天武6)の大官大寺に始まる大寺制は,四大寺,五大寺と発展し,756年(天平勝宝8)5月に七大寺の名が初見する。8世紀後半に西大寺が創建されるに及んで,東大寺,大安寺,興福寺,元興(がんごう)寺,薬師寺,法隆寺,西大寺を七大寺と称するにいたった。大寺の造営にはそれぞれ官営の造寺司を設けてことに当たり,経営維持のため莫大な封戸・荘地が施入され,別当や三綱が寺・寺僧の運営指導に当たった。…

【仏足石】より

…その存在はスリランカ,ミャンマー,タイなどの南方(小乗)仏教圏においても,またネパール,中国,朝鮮,日本などの大乗仏教圏においても,報告されている。日本では,奈良の薬師寺に現存する仏足石が最古のもので,その銘によると,753年(天平勝宝5)に造られたもので,その原型は唐の王玄策がインドの鹿野苑(ろくやおん)にあった仏足跡を写して長安に持ち帰ったものをさらに模写したものであるという。この銘とともに刻まれている歌は,〈仏足石歌〉として知られている。…

【本薬師寺】より

…680年(天武9)11月に皇后,後の持統天皇の病気平癒を祈って勅願によって営まれた官寺,薬師寺。現在,奈良県橿原市城殿町に金堂と塔の遺構が残っている。…

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