城門原(読み)ぐすくじよーばる

日本歴史地名大系 「城門原」の解説

城門原
ぐすくじよーばる

[現在地名]浦添市勢理客・小湾・西洲一丁目

勢理客じつちやく西方および小湾こわん南端の小字名。勢理客の城門原は北が小湾こわん川、南が安謝あじや川で限られる。小湾の城門原は北が小湾川、南と東は勢理客の城門原に接する。伝承では勢理客の城門原の東側台地に勢理客じつちやく村の旧集落があったといわれ(浦添市史)、同地に「琉球国由来記」に記載される勢理客じりちやく之殿・コバ森(通称城門御嶽)があり、仲西ノロが祭祀をつかさどった。現在地は根神拝所に祀られる安里大親という人物により開かれたとも伝える(浦添市史)浦添うらしー間切の未納貢租などの返済のため、首里王府は当地に検者・下知役を派遣、嘉慶八年(一八〇三)・道光一六年(一八三六)に城門原の低湿地一万八千七〇坪余が干拓され、水路を引き水田三千坪余を開発した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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