日本歴史地名大系 「堂園村」の解説 堂園村どうぞのむら 大分県:大分市旧鶴崎市地区堂園村[現在地名]大分市関園(せきぞの) 堂園大野川と乙津(おとづ)川に挟まれた輪中地域に位置し、西は同川を隔てて森町(もりまち)村、北は国宗(くにむね)村。当村以下八ヵ村は高田手永洲ヶ在八ヵ村とよばれ、川沿いに堤防をめぐらせる「塘囲の地」で、北部の両川が最も接近している地域は琵琶の首とよばれていた(高田風土記)。江戸時代を通じて肥後熊本藩領。文化一〇年(一八一三)当時は常行(つねゆき)村庄屋の兼帯(高田風土記)。 堂園村どうぞのむら 佐賀県:鹿島市堂園村[現在地名]鹿島市大字山浦(やまうら)字土穴(つちあな)中川の河口より約八キロ上流、支流の本城(ほんじよう)川北部に位置する。正保絵図に村名がみえる。現在土地台帳には土穴に「堂園」という地名があり、絵図と照合してこの地が堂園村であろう。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by