堂坂越・坂越(読み)どうさかごえ・おうさかごえ

日本歴史地名大系 「堂坂越・坂越」の解説

堂坂越・坂越
どうさかごえ・おうさかごえ

伊勢から鳥羽および志摩への道路としては堂坂越・逢坂(大坂)越などがあった。堂坂越は朝熊あさま村から東へ堂坂峠を経て堅神かたかみ(現鳥羽市)を通り鳥羽に至るもので、近世山田と鳥羽間の要路であった。逢坂越杉坂すぎさか越ともいい、宇治から杉坂逢坂峠を経由して恵利原えりはら(現志摩郡磯部町)に至り、伊雑いぞう宮参詣者などが利用した。文化一一年(一八一四)志摩国之図(神宮文庫蔵)に「堂坂越、伊勢朝熊村一里廿一町此道ハ山田ノ迫止坂ヨリ通村ノ方ヨリ楠部ヘ出ル」「大坂越ハ小河多シ雨後ハ通カタシ恵利原村ヨリ伊勢内宮三里十五町磯部越ト云」と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む