塔ヶ崎村(読み)とうがさきむら

日本歴史地名大系 「塔ヶ崎村」の解説

塔ヶ崎村
とうがさきむら

[現在地名]鉾田町塔ヶ崎

巴(ともえ)川左岸にあり、東は鉾田村。天正一九年(一五九一)佐竹氏の一族東義久の知行地となり、文禄四年(一五九五)の中務大輔当知行目録(秋田県立図書館蔵)に「百四拾五石壱斗二升 とうか崎」とある。江戸時代は旗本領で、寛永一〇年(一六三三)の鹿島郡中高改帳によれば、村高は二〇九石余で、蔭山・赤井両氏が領した。その後、荒野の開発が進み、天保郷帳では三二二石余に増加する。


塔ヶ崎村
とうがさきむら

[現在地名]頸城村塔ヶ崎

大(おお)池西岸に位置し、南に石神(いしがみ)村。文禄(一五九二―九六)頃の頸城郡絵図に「別当分たうか崎村 下」とみえ、本納五石五斗・縄高一五石五斗二升五合、家五軒・一三人とある。正保国絵図に村名がみえる。天和三年郷帳によれば高三六石七斗余、うち山高六石一斗・漆高一石二斗であった。越後中将御領覚には山高六石一斗八升・野高三石二斗・漆高三斗七升とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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