日本歴史地名大系 「境之沢村」の解説 境之沢村さかいのさわむら 山梨県:北巨摩郡須玉町境之沢村[現在地名]須玉町境之沢釜無川左岸の穴山(あなやま)台地上、標高五五〇メートル付近に位置。若神子(わかみこ)村の枝郷で、鯨(くじら)川を隔てて北東は若神子村。寛保元年(一七四一)の村明細帳(須玉町誌)によれば、元文元年(一七三六)から高分けとなり、年貢も別納になったという。高一一二石余で、田用水は夏秋(なつやき)村(現長坂町)から鳩(はと)川に取水する若神子新町(わかみこしんまち)堰の余水を利用したが、絶えず旱魃に悩まされた。鯨川通境之沢分二五町余、幅八間余はかつては御普請所であったが、元文二年から自普請となった。釜無川通当村分三町余は耕作地がないため普請所なし。穴山村重久(しげひさ)組(現韮崎市)・若神子新町村・当村の三ヵ村組合で担当する木橋一ヵ所、武川(むかわ)筋徳島(とくしま)堰に架かる木橋二ヵ所、小武(こむ)川の奥山入会地への通路に架かる木橋五ヵ所は入会村八ヵ村が順番に自普請、そのほか村内の土橋五ヵ所は自普請。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by