墓畔の哀歌(読み)ボハンノアイカ(その他表記)Elegy Written in a Country Churchyard

デジタル大辞泉 「墓畔の哀歌」の意味・読み・例文・類語

ぼはんのあいか【墓畔の哀歌】

《原題Elegy Written in a Country Churchyardグレーによる詩。1751年発表。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「墓畔の哀歌」の意味・わかりやすい解説

墓畔の哀歌
ぼはんのあいか
Elegy Written in a Country Churchyard

イギリス詩人 T.グレーの瞑想詩。 1751年刊。 10音節4行連句,32連から成る。ストーク・ポージェズと推定される寒村墓地にたたずむ詩人の胸中の思い,憂愁を歌ったもの。 42年頃に着手,断続的に推敲を加えて,50年完成。死と孤独を歌う当時流行趣向に投じるとともに,万人に訴えるイメージ感情により広く愛誦され,英詩中最も親しまれた作品の一つとなっている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の墓畔の哀歌の言及

【イギリス文学】より

…しかし結局は自然に向けての詠嘆と抒情に流れたのも,長い日本の詩歌の伝統からすれば当然のなりゆきであったろう。T.グレーの《墓畔の哀歌》(1751)は,自然のなかの哀愁,人生の無常性についての瞑想など,もともと日本人ごのみの要素を含むのだが,それが〈山々かすみいりあひの/鐘は鳴りつつ野の牛は……〉(1882,矢田部良吉)という七五調に移しかえられて愛誦されたのは,示唆的なことである。さらに大正期の好みは,いっそう純粋に個人的なフランス象徴派にはっきり傾斜していった。…

【グレー】より

…古典学者らしい抑制のきいた措辞は,新しく自然に向かって開かれたみずみずしい感性をひそめ,寡作ながら当代を代表する詩人となった。とくに《墓畔の哀歌》(1751)は彫琢(ちようたく)の名詩である。たまたまその自然や人生に対する無常感が日本人の好みにも合って,〈山々かすみいりあひの/鐘は鳴りつつ野の牛は……〉で始まる新体詩訳(1882年,矢田部良吉)も世に問われ,人びとに親しまれた。…

※「墓畔の哀歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

ドクターイエロー

《〈和〉doctor+yellow》新幹線の区間を走行しながら線路状態などを点検する車両。監視カメラやレーザー式センサーを備え、時速250キロ以上で走行することができる。名称は、車体が黄色(イエロー)...

ドクターイエローの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android