イギリスの古典学者、人類学者、民俗学者。『金枝篇(へん)』の著者として名高い。グラスゴーの富裕な商人の家に生まれ、グラスゴー大学で古典学を学んだのち、人類学者E・B・タイラーの『原始文化』を読んで感動して人類学を志し、ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジで東洋学者ロバートソン・スミスWilliam Robertson Smith(1846―1894)のもとで民俗学、神話学を専攻した。1879年に同大学の特別研究員となり、1921年には同大学教授に就任した。ヨーロッパ各地の大学から名誉学位を受け、英国学士院の会員でもあった。
師であるロバートソン・スミスから比較の方法を受け継いだフレーザーは、自分で調査地に赴くことはせず、世界各地の宣教師たちから集めた膨大な資料を比較整理して、呪術(じゅじゅつ)、宗教の起源とその進化を論じた。主著『金枝篇』(全13巻)のなかで、呪術から宗教へ、そして科学へという、人間の思考様式の進化理論を展開し、呪術は技術的行為によって現象を統御しようとする試みである点では科学に似ているが、それは間違った因果律に基づく誤った科学であり、その誤りが認識されて宗教が生まれると論じた。また、呪術が霊的存在を統御しようとするのに対して、宗教は霊的存在に懇願するものであるとして両者を峻別(しゅんべつ)した。この呪術と宗教という二分法はその後の人類学において長く認められることになったが、現在ではその両者は分かつことのできない複合体であると考えられ、呪術から宗教、科学へという進化図式も否定されるに至っている。しかしながら、未開文化の風俗習慣、信仰を同時代の広範な知識人たちに知らしめ、大きな関心を呼び起こしたフレーザーの存在は、思想史上において大きな意義をもつ。その他の著書は『トーテミズムと外婚制』(1910)、『不死信仰と死者崇拝』(1924)、『旧約聖書のフォークロア』(1918)、『自然崇拝』(1926)、『火の起源についての神話』(1930)など。
[上田紀行 2016年10月19日]
『秋山武夫他訳『旧約聖書のフォークロア』(1976・太陽社)』▽『永橋卓介訳『金枝篇』全5冊(簡約1巻本の訳、岩波文庫)』▽『藤井正雄著『フレーザーの理論』(『現代文化人類学のエッセンス』所収・1978・ぺりかん社)』
カナダの探検家、毛皮商人。ニューヨークに生まれ、王党派の父が獄中で死んだのち、ケベックに移住。16歳のとき、北西会社で働くようになり、1805年以降、ロッキー山脈以西の貿易担当者になる。通商ルートを求めてフレーザー川上流、現在のブリティッシュ・コロンビア州の奥地を探検、各地に駐屯所を設営。08年にはフレーザー川を河口近くまでたどった。10年より、ハドソン湾会社が北西会社の勢力地帯のレッドリバー流域(アメリカからカナダに向かって流れる)に進出してきたため、両社間に争いが起こる。当時同地方担当だったフレーザーも、16年、当地で起こったセブンオークス大虐殺に関与したとの疑いで逮捕された。のち釈放されたが、20年同社を退社。フレーザー川の名は彼の名からとったもの。
[越智道雄]
スコットランドの詩人、批評家。グラスゴーに生まれ、セント・アンドリューズ大学卒業後『アバディーン・プレス・アンド・ジャーナル』紙の記者。第二次世界大戦中、1939年から45年までカイロで軍務のかたわら、軍の刊行物に寄稿するなど情報省のために働く。戦後ロンドンの各種文芸誌、文芸新聞で活躍。50年から翌51年にかけて、エドマンド・ブランデンの後任イギリス文化使節として来日。64年以後はレスター大学で現代英文学を講じる。現代詩や現代作家に関する優れた解説書が多い。レスターで没。
[羽矢謙一]
イギリスの社会人類学者。グラスゴーに生まれ,ケンブリッジ大学で古典学を修め,1879年そのフェローとなる。1907-08年の1年間リバプール大学社会人類学教授をつとめたが,これがイギリスの大学における社会人類学の最初の講座であった。終生ケンブリッジにとどまり,21年トリニティ・カレッジ教授に就任。全世界の民族誌資料,西洋古典・民俗学資料を博捜し,人間の宗教的思考の諸形態を集成した《金枝篇》全13巻(1890-1936)がその代表作である。また《サイキス・タスク》(1909),《トーテミズムと外婚制》(1910),《旧約聖書における民俗学》(1918)などの著作がある。彼は人類の思考様式進化の再構成を図り,呪術→宗教→科学という3段階の図式を提唱した。呪術とは類感と感染の2原理により世界を操作しようという誤てる技術であり,その失敗の自覚から超越的なものの前にひれ伏す宗教が生まれ,またさらには人間の能力の限界内で論理的・実験的に世界に対処せんとする科学が生まれたというのである。社会進化論にもとづく過度の一般化・単純化,個々の資料の扱いの恣意性などのゆえに,フレーザーの論はその後強い批判をうけることになる。だが時代的制約による限界にさえ留意するなら,人間が世界を把握するための思考様式を全世界規模の比較によって構造的に理解しようとしたかれの仕事から,今日学びうるところは大きい。
執筆者:関本 照夫
イギリスの批評家,詩人。スコットランド出身。詩集《故郷の哀歌》(1944)以来,オーデンらの政治詩とは異なる詩風を示したが,批評家としての活躍のほうがめざましい。《現代作家とその世界》(1953),《幻視と修辞》(1959)は現代文学概論としてすぐれ,《イェーツ》(1954),《ディラン・トマス》(1957),《エズラ・パウンド》(1960)などの詩人論も記憶される。1950-52年,文化使節として来日した。
執筆者:高橋 康也
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…この見解はマリノフスキーによって否定されたが,呪術信仰の背後には,もちろん社会によって異なるが,当該社会で信じられている力の観念があると考えられる。
[呪術の諸類型]
呪術の基盤にある原理によってJ.G.フレーザーは呪術を類感呪術homeopathic magicと感染呪術contagious magicとに分けた。類感呪術は模倣呪術imitative magicともいい,類似の原理に基づくもので,たとえば雨乞いのため火をたいて黒煙を出し,太鼓をたたいたり,水をふりまくのは雨雲,雷,降雨のまねである。…
…この説も今日では,現地調査に基づく人類学の進歩によって,根本的に誤りだったことが明らかにされ,ようやく衰退した。しかしその立場から著された《金枝篇》に代表されるイギリスの古典学者・人類学者J.G.フレーザーの膨大な著作は,神話研究にとってきわめて貴重な資料の集成として,高い価値を現在でも失っていない。 現在の神話学を代表する権威の双璧は,フランスの比較神話学者デュメジルと,人類学者レビ・ストロースである。…
…この儀式は,地母神アスタルテ=アフロディテとその愛人である穀物神アドニスとの間に演じられる聖なる婚姻のドラマの再演であるとみなされていた。J.G.フレーザーによると,キプロスにおけるこのような儀礼は,地母神をまつるすべての神殿に共通にみられ,女性は神殿において,しばしば神にみたてた見知らぬ客人に処女を捧げる役割を演じたという。 地母神の名は地域によって変化し,キュベレ(小アジア),イシュタル(バビロニア),イシス(エジプト),アフロディテ(ギリシア),アスタルテ(フェニキア)など呼称は大きく相違しているが,基本的性格はまったく変わらない。…
…ヤコブは従妹ラケルに会ったとき,口づけして声をあげて泣いた(旧約聖書《創世記》29:11)。これをJ.G.フレーザーはただの慣習的な挨拶だろうと推測し,ほかにも似た例を挙げている。それによると,ニュージーランドのマオリ族が友人との別離だけでなく歓迎の際も激しく涙を流し,合図とともに泣きやむこと,同様のことはアメリカ・インディアンの間にもみられたと16,17世紀の探検家たちの記録にあり,インドなどにも女の涙の歓迎挨拶があるという(《旧約聖書のフォークロア》)。…
…古代人にとって,農耕は植物生命再生の神秘のドラマであり,決して単なる技術ではなかったというのである。J.G.フレーザーは《金枝篇》で,これを大地の上で演じられる壮大な死と生のドラマとして美しく描きだしている。それは植物霊を象徴する男神の死を悼む女神の慟哭にはじまり,その復活再生の祈願を経て,熱狂的な再生の歓喜で終わる一連の儀礼として定型化されていた。…
※「フレーザー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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