増見村(読み)ますみむら

日本歴史地名大系 「増見村」の解説

増見村
ますみむら

[現在地名]大信村増見

村の南を東流する外面とづら川と北を流れる隈戸くまど川合流点に位置し、北は町屋まちや村、西は岩瀬郡滑里川なめりかわ村。村の中央を端村外面から岩瀬郡大里おおさと(現天栄村)への道が通る。文保二年(一三一八)二月一六日の関東下知状(熱海白川文書)によれば、白河庄のうち「富沢・真角・大和久・葉太・大田河・小田河・趺増・赤丹沢等郷」に対する結城摂津守盛広の地頭職が確認されている。このうちの真角は当地をさすと思われる。天文三年(一五三四)伊達氏を中心とする勢力は岩城・白川両氏を攻め、白川氏領であった新城しんじようを攻め落し、新城益見ますみ(増見)は岩瀬二階堂氏に与えられた(藤葉栄衰記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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