多井良村(読み)たいらむら

日本歴史地名大系 「多井良村」の解説

多井良村
たいらむら

[現在地名]大瀬戸町多以良内郷(たいらうちごう)・多以良外郷(たいらそとごう)

瀬戸村の北に位置し、西部は海(五島灘)に臨む。多以良川が北流する。東にゲトキ岳・ヌク岳などが連なる。戦国期は小佐々氏の勢力下で、小佐々(こざさ)城が築かれていた。多以良外郷に平倉(ひらくら)・喜当(きとう)・江切(えぎり)などの入江がある。江戸時代は大村領の外海(そとめ)に属する。七釜(ななつがま)村は当村より分立したという。慶長高帳では外浦衆の知行となっている。慶長一〇年(一六〇五)の大村領内高目録に多井良村とみえ、高一三七石余で、田一〇町八反余・畠二町、物成七五石余。同一七年の総検地では高二一八石余となり(同一八年彼杵郡内検高目録)、朱印高も同高とされた(元和三年「大村純頼領知目録」大村家記)。寛永五年(一六二八)キリシタン詮索の申渡しがあり、「平ノ庄屋」が署名している(「切支丹法度書」大村見聞集)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む