多羅尾光雅(読み)たらお みつのり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「多羅尾光雅」の解説

多羅尾光雅 たらお-みつのり

1555-1636 織豊-江戸時代前期の武将。
弘治(こうじ)元年生まれ。本領は近江(おうみ)(滋賀県)甲賀郡信楽(しがらき)。天正(てんしょう)10年本能寺の変を知って帰郷する徳川家康の伊賀(いが)越えを父光俊とともに先導した。のち豊臣秀吉につかえ,秀吉没後は家康につかえた。寛永13年1月13日死去。82歳。初名は光久。通称は作兵衛,久八郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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