大中臣諸魚(読み)おおなかとみのもろな

改訂新版 世界大百科事典 「大中臣諸魚」の意味・わかりやすい解説

大中臣諸魚 (おおなかとみのもろな)
生没年:743-797(天平15-延暦16)

奈良後期から平安初期の貴族。父は清麻呂。少納言,山背守,近江守,左兵衛督,右京大夫,神祇伯近衛大将などの顕職歴任。朝政に参与する。このほか,造長岡宮使となり遷都のとき松尾・乙訓2神に叙位する勅使や,794年の蝦夷征討時の伊勢奉幣使の任にあたる。没時の位階は正四位上であった。琴歌を好み,他に才能なく,財貨を貪り,産業を営み求めたと評されている。
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大中臣諸魚」の解説

大中臣諸魚 おおなかとみの-もろな

743-797 奈良-平安時代前期の公卿(くぎょう),神職
天平(てんぴょう)15年生まれ。大中臣清麻呂の子。衛門佐(えもんのすけ),中衛少将などをへて,延暦(えんりゃく)8年神祇伯となる。9年参議。近衛大将などをかねた。正四位上。延暦16年2月21日死去。55歳。名は「もろうお」「もろいお」ともよむ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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