大久保教義(読み)おおくぼ のりよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大久保教義」の解説

大久保教義 おおくぼ-のりよし

1825-1885 江戸後期-明治時代の大名
文政8年4月7日生まれ。大久保教孝(のりたか)の長男弘化(こうか)2年相模(さがみ)(神奈川県)荻野山中(おぎのやまなか)藩主大久保家3代となる。大番頭(おおばんがしら)をつとめた。慶応3年出府中の留守に山中陣屋が江戸薩摩(さつま)藩邸浪士夜襲により焼き打ちされた。明治18年5月26日死去。61歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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