大井御林浦(読み)おおいおはやしうら

日本歴史地名大系 「大井御林浦」の解説

大井御林浦
おおいおはやしうら

万治(一六五八―六一)頃に指定された幕府の御菜肴浦の一(→南品川猟師町。単に御林浦ともいい、浦で漁猟に従事する人々が集住していたところを御林町・御林猟師おはやしりようし町とよんだ。当浦の範囲は北は南品川猟師みなみしながわりようし町、南は大森おおもり(現大田区)の字真崎下桁で、羽田はねだ一ノ澪杭に及んでいた。

御林猟師町の成立は、「大井町史」によると、正保三年(一六四六)駿河国から漁夫仁右衛門一族が鮫洲さめずに移ったとされ、また万治元年芝金杉しばかなすぎ(現港区)猟師六戸が、居住地が因幡鳥取藩の屋敷となったため大井村御林に代地を与えられ移住し、漁業を営んだことに起源するという(東京都内湾漁業興亡史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む