大内沢村
おおうちざわむら
[現在地名]東秩父村大内沢
坂本村の北、同村落合で槻川に流れ込む大内沢川の流域を占める。一帯の山間に散在する小名居用・堂平・井戸・白石・上ノ皆戸・峰などの集落からなり、北側は分水嶺を境として秋山村(現寄居町)。かつて遠流となった皇子が当地に住し、大内と号したことが地名の由来と伝える。中世には安保氏の所領であったと思われる。応永二五年(一四一八)三月二八日、鎌倉公方足利持氏は安保宗繁・同満春らの訴えにより、「秩父郡大路沢村」などに対する本庄左衛門入道らの押妨を退け、下地を宗繁・満春らに沙汰し付けるよう横瀬美作守らに命じている(「足利持氏御判御教書」安保文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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