大可島城跡(読み)おおがしまじようあと

日本歴史地名大系 「大可島城跡」の解説

大可島城跡
おおがしまじようあと

[現在地名]福山市鞆町後地

仙酔(せんすい)島に向い合って、鞆港の防波堤のように位置した大可島にある中世の城跡。海流の変化により江戸時代以前には陸続きとなっていた。古くは「たいが島」とよばれたらしく、鎌倉時代の「とはずがたり」に「たいか島とて離れたる小島あり、遊女の世をのがれて、庵並べてすまひたるところなり」とみえる(→鞆浦)。

南北朝の動乱期、伊予では南朝方が優勢であったが、康永元年(一三四二)に北朝方の細川頼春が川之江(かわのえ)城(跡地は現愛媛県川之江市)を攻める事件が起こった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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