大山廃寺塔跡(読み)おおやまはいじとうあと

日本歴史地名大系 「大山廃寺塔跡」の解説

大山廃寺塔跡
おおやまはいじとうあと

[現在地名]小牧市大山

標高二七六メートルのちご山の中腹にあり一七個の礎石が残る。国指定史跡。江岩こうがん寺に伝わる寛文八年(一六六八)に書かれた的叟の大山寺縁起、江岩寺縁起などが大山廃寺について伝える。創建は延暦年間(七八二―八〇六)伝教大師で、再興叡山の玄海で永久年間(一一一三―一八)に大山寺を大山峰正福寺とした。この頃から約四〇年間が大山寺の全盛期で、「西の比叡山、東の大山寺」あるいは大山三千坊とよばれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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