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苅田狼藉 かりたろうぜき

世界大百科事典 第2版の解説

かりたろうぜき【苅田狼藉】

田の作物を苅り取ることは収穫という正当な行為である。他人と争いがあるときでも,自己に由緒ありという主張のもとにそれを行う〈苅田〉行為は,中世では自力救済として不法行為とはみなされなかった。イェーリングも自力救済は単なる力ずくの権利の回復であって,素朴な正義に深く根ざした実力行使として秩序ある司法制度と調和する必然性があると説いている。しかし,日本では鎌倉後半期より,対抗する相手があって,幕府に訴えたときは,判断の未済の間にする実力行使として,社会秩序を乱すため〈狼藉〉と呼ばれるようになり,1310年(延慶3)以来処罰の対象とされた。

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世界大百科事典内の苅田狼藉の言及

【大犯三箇条】より

…この職権規定は将軍源頼朝の時代に設けられたが,その後,1232年(貞永1)制定の《御成敗式目》では夜討,強盗,山賊,海賊が加えられ,放火も盗賊に準ずる犯罪として同じ扱いになったようである。南北朝時代に入ると室町幕府は苅田狼藉(かりたろうぜき)(他人の農作物を,権利ありと称して幕府の判定をまたずに刈り取る行為)の検断と,使節遵行(しせつじゆんぎよう)(所領相論の当事者に対して幕府の判定を執行する職権行為)を大犯三箇条に付加するなど,守護職権の拡大の傾向が見られる。一方,諸国の御家人が交代で上京して勤務する京都大番役の制度が解体したことによって,守護の大番催促は有名無実となった。…

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