日本歴史地名大系 「大島奥津島神社」の解説
大島奥津島神社
おおしまおくつしまじんじや
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…奥島は中世を通じて延暦寺領荘園で,鎌倉時代には荘官と荘民との間で琵琶湖岸の魞(えり),網の設定をめぐって紛争が継続して起きており,南北朝時代以降にも延暦寺が荘民を非法に駆使したことで抗争が繰り返されている。島には長命寺,大島奥津島神社があって,とくに大島奥津島神社の文書は,中世奥島荘民の共同体結合を示す史料として著名である。1262年(弘長2)の荘隠規文には共同体の秩序を乱す悪口を吐く者は,妻女,子息でも荘外へ追放され住宅を焼却されることを定めている。…
※「大島奥津島神社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新