大巻館跡(読み)おおまきたてあと

日本歴史地名大系 「大巻館跡」の解説

大巻館跡
おおまきたてあと

[現在地名]紫波町大巻 花立

大巻の北東部、北上川左岸にある館(たて)山(一六八メートル)の山頂にある。河村(かわむら)館または館平(たてひら)ともよばれる。鎌倉時代初期、当地方を領した河村氏の本城であったとされる。文治五年(一一八九)の奥州合戦において、河村千鶴丸は八月九日に阿津賀志(あつかし)山(現福島県伊達郡国見町)で戦功をたてて源頼朝の称賛を受け、元服して河村四郎秀清を名乗ったという(「吾妻鏡」同月一二日条など)。「参考諸家系図」所収の日戸系図によれば、この戦功により岩手郡の東方三分の一と紫波郡の東方数郷を与えられたと伝える。しかし南北朝時代に南朝方についた河村氏は、北朝方の斯波氏に屈して没落し、一族の多くは同氏に従ったと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む