大庭一番村(読み)おおばいちばんむら

日本歴史地名大系 「大庭一番村」の解説

大庭一番村
おおばいちばんむら

[現在地名]守口市佐太西さたにし町二丁目・佐太中さたなか町六―七丁目など

単に一番村ともいう。現守口市の北端に位置し、北は仁和寺にわじ(現寝屋川市)、西は淀川で限られ文禄堤上を京街道(東海道)が走る。幕府道中奉行が作成した東海道分間延絵図をみると、街道沿いに家並が続き、川岸には「津出シ場」(字天神浜)がある。津出場の街道を挟んだ反対側には佐太天満宮(現佐太神社)鳥居が立ち、東方へ参道が延びる。佐太天満宮の東に接して宮寺菅相かんしよう寺、南には来迎らいこう寺があり、来迎寺の南には「永井山城守陣屋」が描かれる。当地には佐太を社名とする神社があること、室町時代から近世初頭には佐太村とよばれていたらしいこと(→大庭などから、古代の佐太郷(和名抄)の有力な比定地だが、現枚方ひらかた市のさだを遺称地とする説もあり確定的ではない。いずれにしろ佐太郷は「和名抄」以外にみえず、当地辺りは奈良時代から大庭の名でよばれてきた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む