大悲王院
だいひおういん
[現在地名]前原市雷山
震雷山金剛清浄院と号し、真言宗大覚寺派。本尊は千手観音。福岡藩主黒田継高が千如寺(現廃寺)の僧坊の一つ仲ノ坊の先住実相比丘に帰依し、宝暦三年(一七五三)に雷山村本村の下に寺院を造営、志摩郡今津村(現福岡市西区)の廃寺の名を移して金剛坊と号した。安永年中(一七七二―八一)大悲王院に改号(続風土記拾遺)。本尊の木造千手観音立像(国指定重要文化財)は千如寺のもと本尊で、像高四六四センチ、本体は榧材の寄木造で、南北朝期または室町時代初期の作とされる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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