大松川村(読み)おおまつかわむら

日本歴史地名大系 「大松川村」の解説

大松川村
おおまつかわむら

[現在地名]山内村大松川

あさひ(現横手川)の支流まつ川の約一〇キロに及ぶ谷間に小集落が並ぶが、平地はきわめて少ない。

梅津政景日記」元和六年(一六二〇)三月二五日条に「大松川村・平ノ沢村ニハ田地一切無之候」とあって、耕地に恵まれなかった。正保四年(一六四七)の出羽一国絵図には六四石とあり、ほかに大松川のなかに外山そでやま村・小松川こまつかわ村があった。宝永二年(一七〇五)の平鹿郡村々御黒印高帳(秋田県庁蔵)に当高八八石三斗九升八合とあり、本田の免は四ツ八歩、新田の免は四ツ八歩、四ツ、三ツ五歩、三ツとあり、新田高が村高の四七パーセントを占め、正保から宝永までの約六〇年間に新開が進められた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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