大槻習斎(読み)おおつき しゅうさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大槻習斎」の解説

大槻習斎 おおつき-しゅうさい

1811-1865 幕末儒者
文化8年生まれ。大槻平泉(へいせん)の長男昌平黌(しょうへいこう)で古賀侗庵(どうあん)にまなんだ。嘉永(かえい)3年父の跡をつぎ仙台藩校養賢堂学頭となる。西洋学問所をひらき,蘭学局にロシア語科などを開設。また大砲鋳造や洋式軍艦の建造にあたった。慶応元年7月13日死去。55歳。名は清格。字(あざな)は文礼通称は格治。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...

博多祇園山笠の用語解説を読む