大浜茶屋村(読み)おおはまぢややむら

日本歴史地名大系 「大浜茶屋村」の解説

大浜茶屋村
おおはまぢややむら

[現在地名]安城市浜屋(はまや)町

北と西は里(さと)村に隣する。むかし西野(にしの)ヶ原(はら)と称し、松林の続く一帯であった。大浜から挙母(ころも)(現豊田市)・足助(あすけ)(現東加茂郡足助町)を経て山間に塩を送る大浜街道が、東海道と交差する地点にあり、人馬の休息する茶屋が生れ村名となる。大浜街道は一般に浜(はま)道とよぶ。「十六夜日記」に「廿一日八はしをいてゝ行に、いとよくはれたり。山もと遠きはら野を分ゆく。ひるつかたになりて、もみちいと多き山にむかひて行、風につれなき所々くちはにそめかへてけり。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む