日本歴史地名大系 「大淵館跡」の解説 大淵館跡おおぶちやかたあと 兵庫県:篠山市旧篠山町地区大淵村大淵館跡[現在地名]篠山市大淵家中之坪(やなかのつぼ)にある平地居館。四方を土塁で囲い込み、地元では通称土居の内(どいのうち)とよぶ。県指定史跡。多紀(たき)郡の在地領主畑氏の居館跡といわれ、非常時の際は瀬利の八百里(せりのやおり)城に籠城したという。周囲には、大上西(おおがみにし)ノ山(やま)城や今谷の武路(いまだにのむろ)城などが残り、山城が多く分布している地域である。畑氏は武蔵国の出身と伝えられ、南北朝時代に丹波国曾我部(そがべ)郷畑(はた)村に移り住んだという。文明一七年(一四八五)室町幕府は畑一族に対して年貢を拘置して逃散した大芋(おくも)社名主百姓を還住させるよう命じている(四月四日「室町幕府奉行人連署奉書」土佐家文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by