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大潮元皓 だいちょう げんこう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大潮元皓 だいちょう-げんこう

1676-1768 江戸時代前期-中期の僧。
延宝4年1月6日生まれ。黄檗(おうばく)宗。肥前蓮池(佐賀県)竜津寺の化霖道竜(けりん-どうりゅう)の法をつぎ住持となる。のち山城(京都府)万福寺の独湛性瑩(どくたん-しょうけい)に師事。長崎で中国語をまなぶ。詩文にすぐれ,荻生徂徠(おぎゅう-そらい),服部南郭らと交遊した。明和5年8月22日死去。93歳。肥前松浦(佐賀県)出身。俗姓は諫早。別号に月枝(げっし),魯寮,西溟など。著作に「魯寮詩偈」「松浦詩集」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

大潮元皓

没年:明和5.8.22(1768.10.2)
生年:延宝4.1.6(1676.2.19)
江戸中期の黄檗僧。肥前国(佐賀県)松浦の人。月枝,魯寮とも号した。同国の竜津寺化霖道竜の法を嗣ぎ,黄檗山の独湛性瑩にも参じた。仏教のほかに儒教も修め,詩文に長じており,多くの文集を書いた。江戸の深川に草庵(魯寮)を結んでいたときには,儒学者荻生徂徠や服部南郭らと交友があり,また,中国語に堪能で,中国人僧の多かった宇治の黄檗山万福寺で通訳として役についたこともあった。佐賀藩主鍋島宗茂・宗教父子の帰依を受け,晩年には藩士に儒教を講義して,二人扶持を与えられた。<参考文献>道契『続日本高僧伝』6巻

(吉田剛)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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