コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大炊御門家信 おおいみかど いえこと

3件 の用語解説(大炊御門家信の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

大炊御門家信

幕末・明治の公卿。大炊御門経久の次男、経尚の弟。仕えて正二位大納言から内大臣右大臣に至る。明治17年(1884)歿、67才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大炊御門家信 おおいみかど-いえこと

1818-1885 幕末の公卿(くぎょう)。
文政元年6月8日生まれ。嘉永(かえい)7年権(ごんの)大納言にすすむ。安政5年日米修好通商条約の勅許に反対する88人の「列参」にくわわる。禁門の変後は参朝,他行,面会を禁止された。慶応3年内大臣,右大臣となり,国事御用掛もつとめた。明治18年8月30日死去。68歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

大炊御門家信

没年:明治18.8.30(1885)
生年:文政1.6.8(1818.7.10)
幕末維新期の公家(清華家)。大炊御門経久の子で,兄経尚の養嗣子となる。安政1(1854)年権大納言となり,同5年,条約勅許に反対する有志堂上88名の「列参」に参加。元治1(1864)年の禁門の変後は,長州派の廷臣として,参朝停止および他人面会・他行禁止に処せられた。慶応1(1865)年赦免され,同3年内大臣となり,同年10月の大政奉還に際し国事御用掛も兼任。翌月,左大臣近衛忠房らと共に,太政官の再興などを建議したが実現せず,まもなく右大臣に転じ,王政復古の政変によって再び参朝停止となる。

(箱石大)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大炊御門家信の関連キーワード大炊御門経光大炊御門家孝大炊御門経孝大炊御門経音大炊御門経敦清華家大炊御門経名大炊御門宗氏大炊御門師経大炊御門頼国

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone