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大窪昌章 おおくぼ まさあき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大窪昌章 おおくぼ-まさあき

1802-1841 江戸時代後期の本草家。
享和2年生まれ。尾張(おわり)名古屋藩士。水谷豊文にまなび本草学派嘗百(しょうひゃく)社の創立に参加。動物・植物の写生や植物拓本の製作を得意とし博物学に業績をのこした。著作に「大窪動物譜」「諸国採薬記」などがある。天保(てんぽう)12年10月8日死去。40歳。本姓は志村。通称は舒三郎。号は写薜,茘庵。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

大窪昌章

没年:天保12.10.8(1841.11.20)
生年:享和2(1802)
江戸後期の本草家。本姓は志村,幼名は舒弥,舒三郎。尾張(名古屋)に生まれ,尾張藩士で本草家の大窪薜茘庵の養子となる。文政7(1824)年その家を継ぎ馬廻組に列する。天保7(1836)年御薬園出役となり東美濃,信濃に採薬し『濃州信州採薬記』をつくる。水谷豊文の学風を受けつぎ,大河内存真,伊藤圭介,吉田高憲(雀巣庵)らと共に本草研究の結社・尾張嘗百社を創立,その幹事を務める。精巧な線画の本草図を描き,印葉図を得意として図集『大窪先生真影本草』『本草摺影』を残した。動物もよく描き,『蛛類図説』はシーボルトが帰国の際に持ち帰っている。<著作>『大窪虫譜』『伊吹山採薬記』

(遠藤正治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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