大竜寺跡(読み)だいりゆうじあと

日本歴史地名大系 「大竜寺跡」の解説

大竜寺跡
だいりゆうじあと

[現在地名]鹿児島市大竜町

戦国時代のうち城跡の地にあたり現在大竜小学校がある。瑞雲山と号し、臨済宗本尊聖観音。京都東福寺末。慶長七年(一六〇二)島津家久は鹿児島城(鶴丸城)を築いて内城から移転し、同一六年内城の跡に当寺を創建した。島津貴久の法名大中と義久の号竜伯から一字ずつ取り大竜寺としたという(三国名勝図会)開山の文之玄昌(南浦文之)は弘治元年(一五五五)日向飫肥南おびなん(現宮崎県日南市)に生れた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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