小牧昌業(読み)コマキ マサナリ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「小牧昌業」の解説

小牧 昌業
コマキ マサナリ


肩書
宮中顧問官,貴院議員(勅選)

別名
字=偉卿 号=桜泉

生年月日
天保14年9月12日(1843年)

出生地
薩摩国(鹿児島県)

学位
文学博士〔大正9年〕

経歴
15歳で江戸の塩谷宕蔭に学び、19歳で帰国、造士館教員。維新後朝廷に仕え、明治2年行政官史官試補、小史、権大史。4年清国留学、香港で英語を学び、帰国後の7年開拓使に出仕。のち太政官大書記官、文部大臣秘書官、黒田清隆首相秘書官、同内閣書記官長、奈良県知事、愛媛県知事、帝室博物館長など歴任。30年勅選貴院議員。大正4年宮内省御用掛となり、大正天皇漢学進講。のち宮中顧問官。

没年月日
大正11年10月25日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「小牧昌業」の解説

小牧 昌業
コマキ マサナリ

明治・大正期の官僚,漢学者 宮中顧問官;貴院議員(勅選)。



生年
天保14年9月12日(1843年)

没年
大正11(1922)年10月25日

出生地
薩摩国(鹿児島県)

別名
字=偉卿,号=桜泉

学位〔年〕
文学博士〔大正9年〕

経歴
15歳で江戸の塩谷宕蔭に学び、19歳で帰国、造士館教員。維新後朝廷に仕え、明治2年行政官史官試補、小史、権大史。4年清国留学、香港で英語を学び、帰国後の7年開拓使に出仕。のち太政官大書記官、文部大臣秘書官、黒田清隆首相秘書官、同内閣書記官長、奈良県知事、愛媛県知事、帝室博物館長など歴任。30年勅選貴院議員。大正4年宮内省御用掛となり、大正天皇に漢学を進講。のち宮中顧問官。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小牧昌業」の解説

小牧昌業 こまき-まさなり

1843-1922 幕末-大正時代の漢学者,官僚。
天保(てんぽう)14年9月生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。江戸で塩谷宕陰(しおのや-とういん)にまなび,藩校造士館教員となる。維新後は首相秘書官などをへて奈良県知事兼帝国奈良博物館長,枢密院書記官長などを歴任。大正天皇に漢学を進講した。貴族院議員。大正11年10月25日死去。80歳。字(あざな)は偉卿。号は桜泉。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

ベートーベンの「第九」

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android