大符村(読み)おおぶむら

日本歴史地名大系 「大符村」の解説

大符村
おおぶむら

[現在地名]大府市大府(おおぶ)町・桃山(ももやま)町

東は三河との境をなす境川を限り、北は横根(よこね)村、南は猪伏(いぶし)村と接する。村内を東浦(ひがしうら)街道が通り、そこから西浦(にしうら)への道が分岐する。桟敷(さんじき)貝塚は大正期(一九一二―二六)に破壊され、高山(たかやま)古墳は六―七世紀の円墳で金環・馬具などが出土。

「寛文覚書」によれば、概高一千九三石余、田方五六町四反余・畑方三七町七反余、家数九五・人数七一九。大通行には鳴海(なるみ)宿(現名古屋市)へ人馬を出し、上洛・朝鮮人来朝・茶壺通行にも人馬役を勤めるとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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