大谷田圃(読み)おおたにたんぼ

日本歴史地名大系 「大谷田圃」の解説

大谷田圃
おおたにたんぼ

[現在地名]岩美町大谷

大谷集落の南方に広がる平野。かつては東西二つの沼沢からなる大谷沢があった(寛文年間「岩井郡中絵図」鳥取大学蔵)。江戸時代中期に大規模な埋立工事が行われ、寛政(一七八九―一八〇一)頃にはほぼ水田化していたらしい(因幡志)。正徳元年(一七一一)郡代米村所平が「平野山身立谷奥」から土砂水流で落す流し山の方法で埋立を始め、享保四年(一七一九)には沢の西側の字越後谷えちごだにからも流し山が行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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